家を離れている間に見てきた世界と細々と宿屋を営む我が家の姿の間にはつなごうにもつなげないほどのギャップを私は感じ、愕然としていました。今まで勉強したり、修行してきた知識や経験は何だったのだろうか?ここにどのようにそれらを活かせばいいのだろうか?家に帰ったその日から私の苦悩は始まりました。これからの大沼旅館のことについて何度も親と話し合いました。話し合いが熱を帯びるにしたがって喧嘩になることもしょっちゅうでした。自分もまだまだ未熟だったので自信を持ってこうだという方向性を示すこともできませんでしたし、旅館の現状をみるとどこから手をつけたらいいのか皆目見当がつかない状態でした。ともすれば、弱気になり商売変えをしたほうがいいのではなどと短絡的に考えてしまう私でした。ある朝、チェックアウトのお客さまから「トイレの数が少ないねー!」と言われハッとしました。大沼旅館はもともと自炊湯治中心の宿でした。それが、時代の流れや諸事情で湯治客が激減したため、むりやり普通の宿泊形態にあわせてなんとか営業をしてきたのです。しかしながら、施設はほとんど昔のままでした。湯治から転換するにはただ食事を出せばいいわけではなかったのです。設備からサービスまでありとあらゆる部分を見直す必要があったのでした。「トイレが少ない」この一言によって、いかにお客様を向いていなかったか、時代を認識していなかったか、そして気づく余裕すらなかったか痛感させられました。そこで早速銀行に融資をお願いし、客室をつぶしてトイレを増設しました。私どもの立て直しはこんな初歩も初歩からはじまったのでした。