相変わらず、私達の旅館立て直しの暗中模索は続いていました。ご存知のように旅館というところは、昼過ぎにチェックインして、翌日の昼までほぼ丸1日滞在します。その間二度の食事を出し、温泉に入ってもらい、お布団をしいて一晩おやすみいただきます。もちろん、付加価値としてのサービスはそれだけにとどまりませんが、旅館の提供するサービスが多種多様な要素で組み立てられているかがおわかりいただけると思います。極端な話、箸一膳、枕一ケ、漬物一枚とそれぞれこだわればきりのない世界となってしまいます。私は旅館大沼はどこに的を絞ればいいのか、施設面でも満足でない現状でどこから手をつけたらいいのか正直迷っていました。そんな八方ふさがりの私に一つの素朴な疑問が浮かびました。それは「一体、大沼旅館というのはなぜ百年も続いてこれたのか?何が良くてお客さまが長い間支持して下さったのか?」というもっとも根本的な疑問でした。そしてその時私の頭にとっさに浮かんだ答えが「温泉」でした。それまでは私にとって「温泉」はあって当たり前なもの、旅館というのはその温泉以外の施設だとか、料理だとか、サービスだとか、贅沢さとか、豪華さとか、そういった色んなものを付け足してはじめてお客さんからお金をもらうものと考えていたのです。どうりで考えれば考えるほどきりがなくなるわけです。「そうだ、大沼旅館にはいい温泉があったから、一世紀もの長い間人々に愛されてきたんだ」この答えは私にとってまさに目からウロコでした。一番身近にあって一番大事な存在に気づいていなかったのです。人間で言えば空気のようなものです。普段は気にしていないけど、なくなってしまえば数分も生きていられません。「大沼旅館は原点に還り、皆様に温泉で満足していただこう」と決めた時から、肩の荷が少し軽くなり迷いもなくなりました。それからは、温泉の本を手当たり次第に買ってきてはむさぼるように読みました。温泉の学会などにも顔を出し、温泉とはなんぞやという温泉の本質を探ることに熱中しました。すると、徐々に私なりの温泉の本質が見え始めたのです。